優れたミュージシャンが集まったからといっていい演奏ができるとは限らないし、いい音楽が作り出されるとは限らない。経験やテクニックでそれなりのものはできたとしても、聴く者の魂を震わせたり、うっとりさせたり、心に刻み込まれるようなものにはなり得ない。
そうなり得るためには、多分、プラス・アルファの何かが必要なのだろう。それが何なのかは、ぼくには分からない。分からないけれど、明らかにその“何か”がある演奏に巡り合えることがある。ビルボード東京での "Slap My Hand" Special Sessionがそうだった。
ジム・コウプリー初のソロ・アルバム『Slap My Hand』の発売を記念したこのライヴ。メンバーはジム・コウプリー(ds)、Char(g,vo)、ポール・ジャクソン(b,vo)、小島良喜(key)、ミッキー・ムーディー(g)。'90年代にPsychedelixでの盟友だったジムとChar、ライヴでの共演は2004年のCharのツアー以来となる。
彼ら(ミッキー・ムーディーを除く)は、『Slap My Hand』収録の軽快なセカンド・ライン・ナンバー、「East West Mardi Gras」が流れる中、ステージに上がる。
Charが手にしたギターは、バーガンディ・ミストのストラトキャスター('59〜'60年製)。Pink Cloud時代のメイン・ギターであり、数々の名演を残してきた、ファンには忘れることのできない1本だ。久しぶりに見るこのストラトの艶やかな勇姿に、心が躍る。
ここで他の器材も紹介しておこう。アンプはマッチレス DC-30、その隣にはワトキンス・コピーキャット(テープ・エコー)、足元はジム・ダンロップ・クライ・ベイビー(ワウ)、クロン・ケンタウルス(オーヴァードライヴ)、BOSS CE-1(コーラス)、BOSS OC-2(オクターヴァー)と、お馴染みのセットだ。そして、チューナーがないのもいつもどおり。なぜCharのギターは、あれほどアームを使いながら音が狂わないのだろう……?
1曲目は「Everyday I Have The Blues」。B.B.キングの名演で知られるブルース・ナンバーだ。歌はポール・ジャクソン。『Slap My Hand』には、ジェフ・ベックがギターを弾いたカヴァー・ヴァージョンが収録されている。ジェフのソロは彼らしいエキセントリックなものだったが、ここでのCharは正攻法だ。バーガンディ・ストラトの太くて艶のある音が素晴らしい。加えて、ジムの分厚いドラムスとポールのどっしりとしたベースの音圧に負けない荒々しさも秘めている。今回このギターが登場した理由は、そのあたりにあるのかもしれない。
2曲目は、同じくポールが歌う「Everything I've Got」だ。ファンキーでソウルフルなR&B的要素を持ちつつも、しっかりとロックのダイナミズムを感じさせるこの曲。Charのシャープな16のカッティングと、オクターヴ奏法などを交えながら、お得意のフレーズを繰り出しつつ、どんどん熱くなっていくソロが圧巻だった。
メンバー紹介を含むMCを挟んで、「Got No Strings Attached」へ。これはPsychedelixのミニ・アルバム『Smoky』に収録されていたもので、今回発売になった彼らのベスト・アルバム『New Classics』のオープニングを飾るハード&ファンキーなナンバーだ。ヴォーカルはもちろんChar。ここでのジムのドラムの迫力にはすさまじいものがあった。そして、そのドラムを中心として、バンドが一丸となった演奏にはただ圧倒されるのみ。彼らの音は、変な言い方かもしれないが、“ロックの塊”のようだった。
次は、ファンからの人気も高い名曲、「All Around Me」。最近Charはソロにはあまりコーラスをかけなくなったが、この曲ではあの時代を髣髴させる、コーラスのかかったソロ・サウンドを聴くことができた。また、ジムのリズムの軽快さと、フィル・インの絶妙さにも感服。
そして、Psychedelix時代のヘヴィーなインスト・ナンバー、「Raibow Shoes」へ。オクターヴァーを駆使しつつ、アラビア音階のフレーズが炸裂するこの曲、「Got No Strings Attached」と同じように、バンド一丸となって作り出すグルーヴがものすごい。それはもう、桁外れと言ってもいい。
ここでCharの紹介により、ミッキー・ムーディーが登場。曲は彼のソロ・アルバム『Don't Blame Me』から「Get Off My Back」で、ヴォーカルもミッキーが取る。ゴールド・トップのレス・ポールとマーシャルの組み合わせで、まさにブリティッシュ・ブルース・ロック・サウンド。Charのストラト・サウンドとの対比も面白い。小島のソロもどんどん熱を帯びてくる。
次に、ブッカー・T.& ザ・MG'sのインスト・ナンバー、「Red Beans And Rice」。このバンドのドラマー、アル・ジャクソンに大きな影響を受けたジム。ギタリストはスティーヴ・クロッパーで、クロッパーはジェフ・ベック・グループの名盤『ジェフ・ベック・グループ(通称『オレンジ・アルバム』)のプロデューサーでもあった……などと、彼らのグルーヴィーな演奏を聴きながら、ついいろんなことを連想してしまう。ブッカー・Tになりきった小島のキーボード・プレイ、そしてCharとミッキーのそれぞれの個性を押し出したソロが楽しい。
今度はCharが歌い、クリームの「ストレンジ・ブルー」。オリジナルよりもちょっと跳ねた感じがとても彼ららしい。そのあとは、ミッキーのソロ・タイム。赤いギター(メーカー名は不明)を使い、ブルースから始まり、メロディックなアルペジオを交えつつ、カントリーへと、スライドを駆使し、さまざまなフレーズをさまざまなテンポで、テクニックの限りを尽くして聴かせてくれる。その上で客席を沸かせるユーモアにも満ちており、素晴らしい芸達者ぶりだった。
そのミッキーが黒のレス・ポール(タイプ)に持ち替え、彼のオリジナル曲、「A Taste For Bourbon」へと。明るいロックンロール・ナンバーで、ここでCharは久しぶりにブルース・ハープを聴かせてくれた。
曲が終わってミッキーは引っ込み、残りのメンバーで「Skank It」を。ポール・ジャクソンが在籍していたファンキー・フュージョン・グループ、ヘッドハンターズのナンバーだ。怒涛のファンクネスと、どこかスペーシーな浮遊感がない交ぜになった音空間。このライヴに多くの観客が期待していたはずの、メンバー同士の“ケミストリー(化学反応)”が、まさに目の前で進行していた。Charのギターの切れ味はいつでも抜群だけれど、この曲でのプレイはその中でも最上級のものではなかったか。そして、短い中にジムのセンスが凝縮されたドラム・ソロで、この曲は締めくくられた。
本編は以上で終了し、アンコールでは再びミッキーを交えた5人で登場。Charは白のムスタングを手に取る。となると曲は……「Smoky」だ。このメンバーでこの曲が来るとは思わなかった。が、考えてみればジム、ポール、小島とは過去にもこの曲を演奏しているわけで、ミッキーがいるのが不思議なだけなのだと気づいた。
身も心もホットになりきった彼らが演奏する「Smoky」は、グイグイ迫ってくる力強さに満ち満ちていた。あの曲独特のドライヴ感を後押ししつつ支えるジムとポールの強力なリズム・セクション、小島の弾(はじ)けるキーボード、そして暴れまくるCharのギター。それらが織りなすスリリングさは例えようもない。初めてCharのスウィープ奏法が聴けたことも、特筆しておこう(ただし、本人がそれを意識してやったかどうかは別として……)。さすがにここでのミッキーは旗色が悪かったが、この曲だけは一朝一夕ではどうしようもないのだと、本人にも納得してもらうしかない。
会場の都合上、約1時間半のステージで、アンコールは1曲、というのは少々残念だったが、不思議と物足りなさは感じなかった。とてつもなく美味しい料理を、腹八分目に味わったときの満足感と幸福感に近い、とでも言おうか。
その満足感と幸福感の中で、ぼくは心から思った。
ロックが好きでよかった、と。
Charとジムが好きでよかった、と。