ブルース・ギタリスト、菊田俊介のシカゴ在住20周年記念ライヴが、3月28日、Blues Alley Japanにて行われた。自ら率いるShun Kikuta Bandに、複数のゲストを迎える形だ。
菊田は1986年に渡米、ボストンのバークリー音楽院に入学した。'90年に同校を卒業すると、ブルースを志してシカゴへ移住。それから20年が経った。
その間に、B.B.キング、バディ・ガイ、ジュニア・ウェルズら数多くの大御所との共演を果たし、ココ・テイラー&ブルース・マシーンのメンバーにも抜擢された。野球少年だった彼に敬意を表して喩えるならば、それは大リーグに入った松井やイチロー並みの活躍であり、同じぐらいの価値があると言っていいだろう。いや、先駆者という意味では、野茂を例に挙げるのがいちばん相応しいかもしれない。
以前、Targieで彼に取材したとき、面白い話を聞いた。バークリーで音楽理論をしっかりと学んだ彼は、ブルースを弾くときにも、すべて頭の中で理論が分かってしまう。ところが、それだと感情の赴くままに弾くことができない。ブルースとは、何よりも感情表現を重んじる音楽ジャンルでもある。そこで彼は、“理論を忘れる努力”をしたのだという。
せっかく学んだものをもったいない、バークリーに行った意味がない、という考え方もできるだろう。しかし彼は、いったん自分を0にリセットするだけの価値をブルースに見出したのだ。それはつまり、ブルースにすべてを捧げるということでもあった。そんな彼に、ブルースの神様が微笑んでくれるのは当然のことだったのかもしれない。
とは言え、この20年のうちには紆余曲折もあったはずだ。ないはずはないだろう。“だってそれがブルースだからね”と、ブルースの神様がウィンクしている姿が目に浮かぶようだ。
そんな由無し事を思い浮かべながら、20年間の集大成となるステージを見つめる。
オープニング・ナンバーは、ジャムっぽいインストゥルメンタルの「Mr.Air」。ムーンのシュン・キクタ・モデルの艶やかなトーンに驚かされる。シンガーが入って、2曲目はファンキーな「Me And My Guitar」。スケールの大きなソロに、シャープなカッティング・ソロと、徐々に熱くなっていく。
雰囲気たっぷりのソウル・バラード「Let's Straighten It Out」では、得意のヴォリューム奏法が非常に活きている。再びファンキーに決めてくれたのが「Higher Ground」。カッティング、ソロともにワウ・ペダルが大活躍だ。
菊田が自らヴォーカルを取るオリジナル・ナンバー「Chicago Midnight」は、ジャジーなブルース・バラード。ここでもヴォリューム奏法が映える。そして後半、ステージを下り、客席後方まで歩みながら、徐々に燃え上がっていくソロが見事だった。
次の「When You Feel Lonely」で初めてゲストが登場する。やはりシカゴで活動していたことのあるブルース・ハーピスト、石川二三夫だ。ロックぽいオリジナル・ナンバーに、彼の太い音での熱いブロウが、最高にマッチする。菊田もそれに呼応するかのように、攻撃的なソロを聴かせてくれた。
インスト・バラードの「Old Soul」もオリジナル。ヴォリューム奏法にオクターヴ奏法も絡め、彼のジェントルな魅力が横溢する。アップテンポの「The Stamble」は、フレディ・キングのインスト・ナンバー。シャッフル・ビートに乗っての弾きまくりプレイが心地いい。そして、1部最後の曲は、ローリング・ストーンズの「Miss You」。この日の司会を務めた、元ローリング・ストーンズ・ファン・クラブ会長、マイク越谷がコーラスでゲスト参加した。オリジナルが持つファンキーさに、ブルージーなテイストが加えられ、その絶妙なバランスがたまらない。ワウを使ったソロも、聴く者に迫って来た。
第2部は「Honest I Do」から。再び石川二三夫が登場、椅子に座って渋いデュエットを聴かせてくれた。ここでのギターは、ゴダンのフル・アコだ。抑えた演奏に、石川のハスキーな声がまた素晴らしい。
ギターをムーンに戻し、MCで“シカゴを長く離れているとホームシックになるんだ”と笑わせてから、再びバンドとともにオリジナルの「Let's Jam」。菊田の繰り出す多彩なフレーズに、ベース・ソロ、ドラム・ソロ、そしてサーフ・ロック的な展開と、聴きどころの多い楽しい1曲となった。次の「Little By Little」は、ジュニア・ウェルズとのツアーで、初めて教えられ、歌わされたという思い出のナンバーだ。ここにも石川が参加、息の長いプレイにハープの醍醐味を感じさせてくれた。
ここで、ベースに鮫島秀樹、ギターにichiroがゲストとして登場。ichiroが歌って、ファンキーな「Standing On The Shakey Ground」を。2人のギタリストの楽しそうな掛け合いソロ・プレイが印象的だった。続いて菊田の、“アルバート・キング、スティーヴィー・レイ・ヴォーン、オーティス・ラッシュに捧げます”という紹介から、「The Sky Is Crying」へ。彼はムーンのフライングV・タイプに持ち替えており、ヴォーカルも取る。ファースト・ソロはichiroがSRVぽく、セカンド・ソロは菊田がアルバート・キングぽく決めた。両者のプレイとも本気で熱い。ブルースに人生を捧げた男たちの魂が、ビンビン伝わってくる。
そして、ichiroに代わって今度は、ロックンロールに人生を捧げた男、鮎川誠の登場だ。石川も加わって、「Blues With A Feeling」。黒のレス・ポール・カスタムをかき鳴らす鮎川の存在感は別格だ。そして、無加工のそのサウンドは、“これぞレス・ポール”という究極の生々しさに満ちていた。次にichiro、女性ジャズ・シンガーの彩花(iroha)も参加して、「Sweet Home Chicago」。彼女のジャズ・フィーリングが、適度にダルな雰囲気を醸し出す中、全員がそれぞれの個性を発揮した熱演を聴かせてくれた。
そして、本編ラストは、シーナも登場しての「Johnny B. Goode」。鮎川とシーナが揃うと、どうしてもシーナ&ザ・ロケッツに思えてしまう瞬間もあるのだが、しっかりと菊田に絡んでいくステージングには、シーナの菊田に対する心遣いが垣間見えていた。
アンコールでは、再びichiroを迎え、「Mustang Sally」を。当初は予定になかったこの曲を演奏したのは、どうしてももう1曲、ichiroとやりたいという菊田の強い気持ちの表れだった。世界のブルース・シーンの中で見れば、まだ“若武者”と言ってもいいかもしれないこの2人、互いに意識し合いながらも、出会ってからまだ日の浅いこの2人の絆は、この日とてつもなく強力なものとなった。
そして次に、菊田のバンドのみでオリジナルの「Love Love Love」を。未来への希望を感じさせる、明るく力強いメッセージ・ソングだ。最後の最後はお馴染みの「餃子BLUES」。宇都宮の餃子の魅力をファンキーに表現したこのナンバー、再び客席を歩き回っての名演もあり、会場は大きく盛り上がった。
多くの魅力溢れるゲストが出演したこのライヴ。ブルースが好きでよかったと思わせてくれる、本当に充実した内容だった。その中で、何がいちばん印象に残ったかと言うと、変な言い方かもしれないが、菊田のプレイが持つ、“シカゴ臭さ”だ。
ブルースを愛する人は世界中にいて、世界中にそれぞれのブルースがある(もちろん日本にもある)。今さら、“ブルースの本場=シカゴ”と、それだけでひれ伏すつもりはまったくない。
だが、それでも、やっぱり、シカゴのブルースには、シカゴのブルースにしかない、独特の匂いがあるのだ。そしてそれは、ブルースが好きである以上、ひれ伏すつもりはなくても、ついひれ伏したくなるような、大きな何かなのだ。
菊田のプレイには、確実にそれがあった。
・2008年2月の菊田俊介インタビューはこちら。
・2008年来日時のライブ映像もご覧ください!
・菊田俊介プロフィールはG-FILEをご覧ください。
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